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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)8295号 判決

原告 佐藤忠男

被告 山口博男 外一名

主文

被告山口博男は、原告に対し、別紙〈省略〉第一物件目録記載の家屋を収去して、別紙第二物件目録記載の土地を明け渡せ。

被告山田俊雄は、原告に対し、右家屋から退去し、かつ、別紙第三物件目録記載の建物を収去して、右土地を明け渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は、原告において被告両名に対し各五万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二、三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次の通り述べた。

「(一) 別紙第二物件目録記載の土地(以下本件土地と略称する)はもと訴外復興貯蓄株式会社(その後商号を半蔵門商事株式会社と改称)の所有であつたが同会社はこれを昭和四年五月七日被告山口博男の先代山口竹次郎に普通建物所有の目的で賃貸し、原告は昭和十九年四月同会社から本件土地を譲り受けてその賃貸人の地位を承継したが、一方賃借人の山口竹次郎は昭和二十五年六月二十一日死亡し、被告山口が相続によつて本件土地の賃借人の地位を承継した。

(二) 前記山口竹次郎がその賃借権に基き本件土地上に所有していた建物は昭和二十年に戦災により焼失したところ、その後昭和二十一年八月頃同人は本件土地を原告に無断で第三者たる訴外山口政吉に転貸又はその賃借権譲渡をなし、山口政吉は本件土地上に別紙第一物件目録記載の家屋(以下本件家屋と略称する)を建築し、これを所有していたが、昭和二十六年三月九日同人から被告山口が本件家屋を譲り受けて所有している。

(三) 原告は昭和二十七年十月三十日附書留内容証明書郵便で被告山口に対し本件土地の前記無断転貸又は賃借権譲渡を理由に本件土地賃貸借契約解除の通告をなし、この通告は同月三十日同被告に到達した。

仮に右の契約解除の意思表示が効力を生じなかつたとしても、原告は昭和二十九年六月二十八日の本件口頭弁論期日において訴外山口政吉に無断転貸したことを理由として被告山口に対し本件土地賃貸借契約解除の意思表示をした。

よつて本件賃貸借契約は昭和二十七年十月三十一日又は昭和二十九年六月二十八日を以て解除され、終了したものである。

(四) 被告山田俊雄は昭和二十七年十月頃被告山口から本件家屋を賃借し、更に被告の許容の下に原告に無断で本件土地上に別紙第三物件目録記載の建物を建設し、これを所有している。

即ち被告山田は本件土地を何らの権限なく占有しているものである。

よつて原告は所有権又は賃貸借終了を原因として被告両名に対し建物収去又は退去による本件土地の明渡を求めるため本訴請求に及んだ」。

又、原告訴訟代理人は予備的請求として、被告両名は原告に対し、それぞれ主文第一、二項のように本件土地の明渡を昭和三十一年九月十四日限りなすべき旨の判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

「被告山口に本件土地の賃借権があるとしても、それは罹災都市借地借家臨時処理法に基くものであり、従つて同法第十一条第二十六条により昭和三十一年九月十四日をもつて十年間の期間が満了するものであつて、原告が本件家屋に隣接して所有している家屋がバラツクで手狭のため困惑しており、しかも本件土地は防火地区であるから右原告所有家屋も、また同様にバラツクである本件家屋も早晩建て直さねばならないうえ、被告山口は本件土地を自ら使用するものでなく、又被告等は本件訴訟においても極力明渡を阻止せんとしているのであるから、前記期限が到来しても容易に本件土地を明け渡さないものと考えられるから予め前記予備的請求の趣旨の判決を求めておく必要がある。

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、次のように述べた。

「原告主張の(一)の各事実、原告主張の(二)の中山口竹次郎がかつて本件土地上に所有していた建物が昭和二十年戦災により焼失し、その後本件家屋が建築された事実、本件家屋が現在被告山口の所有である事実、原告主張の(四)の中被告山口が本件家屋を被告山田に賃貸し、同被告は本件土地上に別紙第三物件目録記載の建物を所有する事実、原告主張の(三)の中原告主張のような本件土地賃貸借契約解除の意思表示がなされた事実はそれぞれ認めるが、その余の各事実はいずれも否認する。被告山口先代竹次郎は戦災後本件土地上に家屋を建てる資金に窮していたため竹次郎の実弟山口政吉にその資金を仰いで本件家屋を建築した。そのため、その建築資金の支払担保の意味で本件家屋の名義を一応山口政吉名義としたにすぎないもので当初から竹次郎の所有であり、昭和二十六年三月九日に登記名義も真の所有者である被告山口に変更したものである。かりに原告の主張するように本件土地の無断転貸又は賃借権譲渡があつたとしても本件家屋の所有は昭和二十六年三月九日の登記名義変更と共に山口政吉から被告山口に移転しているから、原告に何等の損害も及ぼさない本件においては過去の転貸を理由として賃貸借契約を解除するのは権利の濫用である。被告山田は被告山口から本件家屋を賃借して花屋を営業しているもので手狭のため原告主張の第三物件の家屋を花の置き場所として空地に設けたもので右家屋は独立家屋という程のものではない。

又予備的請求において原告の主張するように昭和三十一年九月十四日を以て本件土地賃貸借の期間が満了する事実は認められるが、これによる原告の請求は権利の濫用である。よつて原告の請求はいずれも失当である。」

〈証拠省略〉

理由

本件土地が原告の所有であり、これを被告山口先代竹次郎が賃借してその上に家屋を所有していたところ昭和二十年の戦災により右家屋が焼失し、その後本件家屋が建築され、その後である昭和二十五年六月二十一日竹次郎が死亡したため被告山口が賃借人の地位を承継し、昭和二十七年頃未払家屋が同被告から被告山田に賃貸され、同被告が本件土地上に別に別紙第三物件目録記載の物件を建設した事実、又昭和二十七年十月三十一日原告から被告に対し無断転貸を理由とする本件土地賃貸借契約解除の意思表示があつた事実、本件家屋が現在被告山口の所有である事実は各当事者間に争いのないところである。そして本件家屋が訴外山口政吉の所有であつたか否か、従つて被告山口先代竹次郎が本件土地について右政吉に無断転貸又は賃借権の譲渡をしたか否かの点が本件の重要な争点があるのでその点について判断する。成立に争いのない甲第二号証、乙第二、三号証、第十四、十五号証、証人山口リウ、山口秀子、笠島永之助の証言、被告本人山口博男、原告本人佐藤忠男各尋問の結果によると昭和二十一年頃本件土地の賃借人であつた竹次郎の弟政吉がその資金を支出して、本件土地上に、原告の承諾を得ず本件家屋が建設され、その当初二、三ケ月間は政吉がそこに居住したがその後は政吉の娘である山口秀子がその家族とともに昭和二十七年頃まで居住しその後相次いで政吉の甥の山口喜作、被告山田が居住し現在に至り被告山口の先代竹次郎も被告山口も本件家屋に居住したことがないこと、政吉は本件家屋を建築してから本件土地の賃借権を被告山口の先代竹次郎から政吉へ移転することを承諾するよう賃貸人たる原告に申し入れ、屡々交渉したが、原告自身も本件土地を使用したいと思つており、又権利金の点でも意見が一致せず、又政吉は本件家屋を原告が買受けるように交渉したがこれも価格の点で折合がつかず結局いずれも交渉がまとまらないままであつたこと、原告は被告山口の先代竹次郎とは本件家屋建設後は何等交渉したこともなく、竹次郎からもその頃以後は本件土地の賃借権を原告に対して直接主張したことはなく、相続人である被告山口は原告と本件土地のことで何回か交渉したが本件家屋の所有権についても、又本件土地の賃借権についてもはつきりした主張をせずにいたもので、昭和二十六年三月九日に山口政吉の所有名義で本件家屋の保存登記がなされ、同日頃更に同人から被告山口に売買による所有権移転の登記がなされたことを認めることができ、成立に争のない乙第十三号証、証人山口リウ、山口秀子の各証言、被告本人山口博男尋問の結果のうち右認定に反する部分はいずれも措信できないし、乙第一、第四乃至第十三号証、第十九乃至第二十二号証によつても右認定を覆えすに足らない。以上認定の事実によると本件家屋は昭和二十一年の建設当初以来少くとも昭和二十六年三月九日まで政吉の所有であつたものと解するのが相当であり、(被告主張のように政吉がその資金で竹次郎のために建築したもので竹次郎の所有であるかのような証人山口リウ、山口秀子の証言は措信しない。)政吉が本件家屋を建築した頃から本件土地の賃借権は被告山口の先代竹次郎から政吉に譲渡されていたものと解すべきである(政吉から被告山口の先代竹次郎に本件土地の賃料を支払つたとの事実はこれを認めるに足る証拠がない。)。

右のように被告山口の先代から訴外山口政吉に本件土地の賃借権が原告に無断で譲渡されたものであり、原告主張のように原告から無断転貸又は譲渡を理由に解除の意思表示をなしたことは当事者間に争のないところであるから、撰択的な理由による解除の意思表示であるけれどもその一つの事由が認められ、又事実関係が不明確なため撰択的にしか主張できない事情にあつたことが証人笠島永之助の証言、原告本人の供述で認められる本件においては右解除の意思表示は有効なものと解する。本件土地賃貸借契約は原告主張のように昭和二十七年十月三十一日解除されたものである。被告等は右契約解除が権利濫用であると主張するが賃貸借契約関係において、無断転貸又は賃借権無断譲渡が法律上契約解除原因とされているのは、かような賃貸人の賃借人に対する信頼が失われるような事態が起つた場合に賃貸人からの契約解除を認めることが契約の性質上適当だからであつて、無断転貸又は無断賃借権譲渡によつて一旦賃貸人の賃借人に対する信頼が破られた場合には該転貸借又は賃借権譲渡が既に終了した後であつても、再び信頼関係が回復されたと見られる特別の事情がない限り賃貸借契約を解除するのに何等支障はなく、本件においてはこのような特別な事情を認めるに足る証拠はなく、しかも、前示認定のように、原告は当初より山口政吉の本件土地使用承認しなかつたものであり、仮りに本件家屋の所有が元の賃借人である被告山口に帰属し本件土地の賃借権が同被告に復帰したとしても前認定のように現実の使用者は同被告ではなくて第三者の間を転々としているものである以上政吉ヘの無断譲渡を理由にする原告の該契約解除を権利の濫用と見るべきものとはいえず、他に権利の濫用と認むべき事実も認められないから、本件賃貸借契約は有効に解除されたものであり被告の右主張は理由ないものである。次に被告山田が現在本件家屋に居住し、別に第三物件目録の建物を所有して本件土地を占有していることは当事者間に争ないところであり、被告山口からの賃借以外に占有の正当権原の主張のない本件では同被告の占有は原告に対しては不法占有という外ない。被告は第三物件目録の家屋は独立家屋でない旨主張するけれども証人鈴木昭の証言、被告山田の本人尋問の結果によると第三物件目録の家屋は物置小屋程度のものであるけれども本件家屋とは独立した建物であることを認めることができるので被告山田は右家屋を収去して本件土地を明渡す義務あるものというべきである。

よつて原告の本訴請求はいずれも正当として認容すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条に従い、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一)

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